 ネグロス島は砂糖の島と呼ばれ、フィリピンの砂糖生産高の60%を生産しています。
働いているのは、ほとんどが農園に雇われた農業労働者達です。その子供達は農園内の学校で勉強をしていました。
しかし、1980年頃から他の甘味料などの登場で、世界的に砂糖の消費量が減り始めました。そのうえ、1984年には砂糖の国際価格が大暴落しました。
そのため、サトウキビ単作のネグロス島は不況のどん底となり、倒産や作付けをやめる農園が相つぎ、製糖工場も閉鎖や操業短縮に追い込まれまいした。
さらに、政情不安やインフレが加わり、私(辻野ナオミ)がネグロス島に里帰りした時、仕事のなくなった労働者と子供達は悲惨な状態になっていました。
そこで、「私(辻野ナオミ)が彼等に出来ることは何か。今差し延べられている色々な物質的援助も生きる為に大変に重要だ。でも、それだけでなく、将来、国の担い手である子供達に、善意ある日本人の一人一人が民間外交の役目を果たしながら、友情の手を差し延べ、また、私(辻野ナオミ)の国から学ぶべきものもあるのではないか。」と思い、自活の為の援助の一つとして、この里親運動を始めるに至りました。
 ネグロス教育里親運動は、国家・人種・宗教・思想を越え、里親会員年会費(奨学金)を通して里親と里子の心と心の交流を促進させる運動です。
フィリピン・ネグロス島で、貧困のため、能力を持ちながら初等教育を受けることが困難と判断された子供達を、1対1の里親会員や賛助会員等で援助することによって、里子が在学中も社会に出てからも里親と精神的交わりを深めることにより、一人一人が日本とフィリピンの友好の一助としで民間外交の努めを果たして、よりよい世界を作りたいと考えています。
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